2008年12月22日月曜日

第七信

再びトラジャより
南部サンガラで最大規模の葬儀礼ラパサンが11月23日から10間行われた。家の前と広場ランテで二度行う。
ランテには棺を安置するタワー(ラッキアン)を中心に広場を四方囲む参列者の座席(ポンド)が建設され数千人を収容する。


棺が家の前の穀倉から広場ランテに移される。赤い布をかざして進む親族の葬列 Photo17棺がラッキアンに運び上げられる。

棺がラッキアンに運び上げられる。

雨の中行われたバッファロー・ファイティング。葬儀の一プログラムである。

遺体を運んだ御輿サリガン。屋根にカード織バンドの付いたサロンが飾られている。

2008年11月29日土曜日

第六信‏

ママサからランテパオに戻りした。トラジャの村の生活はルンブン(穀倉)の下の空間で繰り広げられます。古い慣習アルクについて話を聞く筆者、背後に水田が広がる。


穀倉の上部正面の浮き彫り


東部ボッキン村でループ組紐マンカッビッを見せてくれるネネ(孫のいる人)

2008年11月21日金曜日

ママサの秘境、手工芸が今も残るバッラペウ村

海抜1400mのムッサ山の尾根づたいに約1km伝統舟形家屋が連なる。

煎りたてのコーヒを臼で搗く婦人

村の日曜日、赤土を丸め豆鉄砲玉を作る子供達。鳥を射止める遊び

2008年11月12日水曜日

ママサ・タワリアン村のの伝統舞踊


衣装は頭に鶏の羽根、胸にはビーズ飾りサッサン(sassang)。

スカート(dodo ampire)は赤、黄、黒、白の布のキルティングによるもので、裾にはカード織の紐(palawa)とコインが縫い付けられている。

背景には伝統家屋バヌア・スラ(banua sura')の屋根が見える。

2008年11月7日金曜日

タナ・トラジャからママサへ

08.10.27
‘ウェスト・トラジャ’と言われるママサは近年ママサ県として独立したとはいえ、ママサへ通じる道のアスファルト化は町から数キロに止まっています。

タナ・トラジャからママサへは「ディスコ・インダ」というバスで12時間。
“ディスコ”という名称はバスがひどく揺れる事を表しています。



08.10.31
ママサのバッラ地方
バヌア(舟形屋根の屋根の伝統家屋)の正面を飾る水牛の角



穀倉の下は織や社交(おしゃべり)の空間
木のカード30枚を使ってカード織をする婦人

2008年10月28日火曜日

ランテパオの宿のおじさん


ランテパオの宿のおじさん76歳、12年間変わらず私の三度の食事を作ってくれています。先日私が下痢嘔吐で倒れた時、お医者の順番を取り医者に連れて行ってくれました。「今日薬を何回飲んだ?」とチェックされます。





















サイレ叔父さんの作った手料理―(上左から)カンクン、トマト・ネギの煮付け、イカン・ボル(魚)のウコン・スープ、小魚の煮付け、豚肉煮付け *病み上がりの私用特別メニュー

2008年10月23日木曜日

ランテパの庭のパパイア


タナ・トラジャに着いて約10日、巨大な葬儀が行われるのをよそに、私はマイペースで村に入り、古い織や組み紐技法を記録しています。

写真は12年来ホームスティックしている宿の庭のパパイアの木。
毎日調理してくれるのは76歳の`Oom'(叔父さん)と呼ばれている人で、私の毎日の生活を支えてくれる欠かせない人です。

写真上:ほぼ熟し、フルーツとして頂きます。
写真下:お料理に使います。苦味のない苦瓜のような舌ざわり。葉っぱは苦味があり食べられます。薬効があるとか。